沖縄は建築の背景ではない。 沖縄そのものが建築だった。

門

沖縄は建築の背景ではない。 沖縄そのものが建築だった。

彼が読もうとしたものは、 建物ではなく、 光と影であり、 地形であり、 共同体であり、 記憶であった。 彼の建築は 沖縄を表現したのではない。 沖縄そのものを 建築へ翻訳した。

沖縄建築を語るとき、 金城信吉は違った。



建築家 金城信吉

01 THE ARCHITECT

沖縄を強烈に意識した建築家

戦争と戦後復興の時代を生きた金城信吉は、沖縄の風土や歴史、
暮らしの文化を深く見つめ、それらを現代建築として表現した建築家です。
光と影がつくる空間、民家の知恵、地域に受け継がれた暮らしの記憶を大切にしながら、
沖縄に息づく空間の知恵を現代建築へと再構成しました。

建築を地域の記憶を継承する器として捉え、沖縄の風土の中で育まれた暮らしや、
先人たちが築き上げてきた生活の知恵、受け継がれてきた歴史や記憶を、
建築を通して表現したことに金城信吉の特徴があります。
公共建築や住宅、文化活動を通して、沖縄にふさわしい空間のあり方を
生涯にわたり探求しました。

戦争と戦後復興の時代を生きた金城信吉は、沖縄の風土や歴史、暮らしの文化を深く見つめ、それらを現代建築として表現した建築家です。 光と影がつくる空間、民家の知恵、地域に受け継がれた暮らしの記憶を大切にしながら、沖縄に息づく空間の知恵を現代建築へと再構成しました。 建築を地域の記憶を継承する器として捉え、沖縄の風土の中で育まれた暮らしや、 先人たちが築き上げてきた生活の知恵、受け継がれてきた歴史や記憶を、建築を通して表現したことに金城信吉の特徴があります。 公共建築や住宅、文化活動を通して、沖縄にふさわしい空間のあり方を生涯にわたり探求しました。
金城信吉自邸 光と影の家

02 THE HOUSE OF LIGHT
& SHADOW

金城信吉自邸(光と影の家)

三番目の自宅。沖縄を理解するとは、光と影を理解すること。
光と影の建築。三番目の自宅そこには派手な装飾はない。しかし光が移動する。
影が流れる。時間が見える。建築が主役ではなく、光と影が主役である。

思想

03THE MUSEUM AS
COMMUNITY

コミュニティセンターとしての美術館

クサティムイの思想。山を建てる。建築をつくるのではない。
地形を建てる。普通の建築家は敷地に建築を置く。
金城信吉は違う。地形そのものを建築へ変換する。
建築は物体ではない。地形の続きである。

沖縄県立博物館・美術館の建築模型
本部小学校
三番目の家の室内

MASTERPIECE

追い求めました。 沖縄そのものから生まれる建築を 現代の暮らしへと読み替え、 民家の知恵や光と影を 伝統の形をなぞるのではなく、 記憶と精神でした。 その土地に受け継がれてきた 歴史や文化、人々の暮らし、 人々の暮らし、 気候や自然だけでなく、 金城信吉が見つめた風土とは、

生み出された建築の数々。 光と影を読み解きながら 沖縄の風土と向き合い、

沖縄国際海洋博覧会 沖縄館

04 OKINAWA EXPO 1975

沖縄国際海洋博覧会
(沖縄館という挑戦)

風土を模倣するのではない。
風土そのものを建築にする。
沖縄館 海洋博沖縄館巨大な赤瓦。
巨大な水平線。
巨大な広場。
これは単なる博覧会建築ではない。
沖縄人の記憶を建築へ変換した
記念碑である。

高床の家

05 THE RAISED HOUSE

高床の家

床を上げる。
それは湿気と共存する知恵だった。
風土を読むという設計態度
共同体を建てる家は
家族のためだけではない。
集まる。語る。祈る。助け合う。
沖縄の家はコミュニティそのものだった。

はちまんの家

06 HACHIMAN HOUSE

はちまんの家

レンガ石木瓦材料ではない。
素材の記憶・地域の記憶である。
素材とは土地の歴史そのものなのである。
地域の素材を使う。
それはデザインではなく責任である。

那覇市民会館

07 NAHA CIVIC HALL

那覇市民会館

巨大庇この建築が凄いのは形ではない。
沖縄民家のアマハジの影を
都市スケールへ翻訳し拡張したこと。
つまり民家の知恵を都市へ持ち込んだ。

琉球大学医学部納骨堂の同心円天井

08 THE CIRCLE
OF PRAYER

琉球大学医学部納骨堂

死者と生者の 魂が交流する空間
円の思想 同心円天井中心へ向かう。
沖縄の祭祀。
沖縄の共同体。
沖縄の祈り。
それらが円という幾何学に現れている。

FIVE PERSPECTIVEs

戦争体験、 暮らしの記憶、 沖縄の伝統、 アジアへの旅、 人々の営み。 その思想を形づくった 五つの視点を紹介します。

沖縄の伝統建築

戦争と復興が生んだ
建築への志

金城信吉の建築思想の原点には、戦争と戦後沖縄の厳しい暮らしがある。終戦間もないころ、親類や縁者が集まって建てた茅葺きの掘立小屋が台風で吹き飛ぶ光景を目の当たりにし、「壊れない家をつくりたい」と願った。その素朴な思いが、やがて建築家を志すきっかけとなる。
その後、彼は沖縄国際海洋博覧会の沖縄館を、27年の異民族支配に耐えてきた沖縄の人々の記憶を象徴する建築として位置づけた。金城にとって建築とは、単に建物をつくることではなく、戦争や占領を乗り越えてきた沖縄の人々の記憶と誇りを、未来へ伝えるための存在だったのである。

家族の暮らしの記憶

暮らしの記憶から
生まれた建築

金城信吉の建築を理解するうえで欠かせないのが、彼自身の原風景である。彼は「わたしもこの屋敷で生まれ育った」と語り、幼少期から親しんだ集落や家族との暮らしを建築の原点としていた。
また、自ら設計した住宅で子どもたちが自由に遊び、壁に落書きをする様子を、住まいの年輪であり生活の記録として受け止めている。建築とは完成した瞬間に終わるものではなく、家族が暮らし、思い出を積み重ねることで成長していくものだという考えには、建築家としてだけでなく、一人の生活者としての温かなまなざしが表れている。

沖縄の伝統を読み替えた建築

伝統を受け継ぎ、
現代へ読み替える

金城信吉は、沖縄の伝統建築をそのまま再現しようとしたわけではない。
雨端(アマハジ)やヒンプン、高倉だけでなく、グスクや墓、石垣に見られる石造文化にも目を向け、沖縄の空間を支えてきた知恵を現代建築へ読み替えようとした。
彼にとって伝統とは、過去の形をそのまま守ることではなく、そこに込められた知恵や考え方を現代の暮らしに生かすものだった。その姿勢によって、彼の建築は単なる郷土色の表現にとどまらず、沖縄の風土や暮らしから生まれた空間の知恵を現代建築として再構築するものとなった。

アジアを旅する金城信吉

アジアの中で
沖縄を見つめる

金城信吉の探求は、沖縄だけにとどまらなかった。中国、韓国、台湾、バリ島などを訪れ、人々の暮らしや住まいを自らの目で見て歩いた。
旅先で見た風景は、彼にとって単なる異文化ではなかった。そこには沖縄の民家と通じる空間の使い方や、自然との向き合い方、暮らしの知恵があった。その経験は、沖縄文化を孤立したものではなく、広いアジア文化圏とのつながりの中で捉える視点を彼にもたらした。
金城信吉にとって旅とは、建築を学ぶためだけのものではなく、沖縄という土地を外から見つめ直し、自らのルーツを探す旅でもあった。その探求は、土地の風土や人々の暮らしを尊重する彼の建築思想へとつながっていった。

人の営みとともに成長する建築

人の営みとともに
成長する建築

金城信吉は、建築を単なる建物ではなく、人々の暮らしを支える場として考えていた。学校は子どもたちが育つ場であり、住宅は家族の記憶を刻む場であり、公共施設は地域の人々を結びつける場でもあった。
また、沖縄各地の民家や集落を調査し、失われつつある風景や建築文化の記録にも力を注いだ。その背景には、建築は完成した瞬間で終わるものではなく、人々の営みとともに成長し、次の世代へ受け継がれていくべきものだという信念があった。
彼にとって建築とは、人を育み、地域の記憶を守りながら未来へつないでいく文化そのものだった。

KINJO'S HISTORY

次の世代へ受け継がれていきます。 家族の記憶とともに 建築は深みを増し、 日々の営みが刻まれるほど 住まいもまた人を育てると考えました。 人が住まいを育て、 金城信吉は、 記憶を重ねる時間の中にある。 人が暮らし、成長し、 完成した瞬間ではなく、 住まいの価値は、

金城信吉の思想を育みました。 土地との対話が、 人生の経験と

FIVE
PERSPECTIVEs

戦争体験、 暮らしの記憶、 沖縄の伝統、 アジアへの旅、 人々の営み。 その思想を形づくった 五つの視点を紹介します。

戦争と復興が生んだ
建築への志

金城信吉の建築思想の原点には、戦争と戦後沖縄の厳しい暮らしがある。終戦間もないころ、親類や縁者が集まって建てた茅葺きの掘立小屋が台風で吹き飛ぶ光景を目の当たりにし、「壊れない家をつくりたい」と願った。その素朴な思いが、やがて建築家を志すきっかけとなる。
その後、彼は沖縄国際海洋博覧会の沖縄館を、27年の異民族支配に耐えてきた沖縄の人々の記憶を象徴する建築として位置づけた。金城にとって建築とは、単に建物をつくることではなく、戦争や占領を乗り越えてきた沖縄の人々の記憶と誇りを、未来へ伝えるための存在だったのである。

暮らしの記憶から
生まれた建築

金城信吉の建築を理解するうえで欠かせないのが、彼自身の原風景である。彼は「わたしもこの屋敷で生まれ育った」と語り、幼少期から親しんだ集落や家族との暮らしを建築の原点としていた。
また、自ら設計した住宅で子どもたちが自由に遊び、壁に落書きをする様子を、住まいの年輪であり生活の記録として受け止めている。建築とは完成した瞬間に終わるものではなく、家族が暮らし、思い出を積み重ねることで成長していくものだという考えには、建築家としてだけでなく、一人の生活者としての温かなまなざしが表れている。

伝統を受け継ぎ、
現代へ読み替える

金城信吉は、沖縄の伝統建築をそのまま再現しようとしたわけではない。
雨端やヒンプン、高倉だけでなく、グスクや墓、石垣に見られる石造文化にも目を向け、沖縄の空間を支えてきた知恵を現代建築へ読み替えようとした。
彼にとって伝統とは、過去の形をそのまま守ることではなく、そこに込められた知恵や考え方を現代の暮らしに生かすものだった。その姿勢によって、彼の建築は単なる郷土色の表現にとどまらず、沖縄の風土や暮らしから生まれた空間の知恵を現代建築として再構築するものとなった。

アジアの中で
沖縄を見つめる

金城信吉の探求は、沖縄だけにとどまらなかった。中国、韓国、台湾、バリ島などを訪れ、人々の暮らしや住まいを自らの目で見て歩いた。
旅先で見た風景は、彼にとって単なる異文化ではなかった。そこには沖縄の民家と通じる空間の使い方や、自然との向き合い方、暮らしの知恵があった。その経験は、沖縄文化を孤立したものではなく、広いアジア文化圏とのつながりの中で捉える視点を彼にもたらした。
金城信吉にとって旅とは、建築を学ぶためだけのものではなく、沖縄という土地を外から見つめ直し、自らのルーツを探す旅でもあった。その探求は、土地の風土や人々の暮らしを尊重する彼の建築思想へとつながっていった。

人の営みとともに
成長する建築

金城信吉は、建築を単なる建物ではなく、人々の暮らしを支える場として考えていた。学校は子どもたちが育つ場であり、住宅は家族の記憶を刻む場であり、公共施設は地域の人々を結びつける場でもあった。
また、沖縄各地の民家や集落を調査し、失われつつある風景や建築文化の記録にも力を注いだ。その背景には、建築は完成した瞬間で終わるものではなく、人々の営みとともに成長し、次の世代へ受け継がれていくべきものだという信念があった。
彼にとって建築とは、人を育み、地域の記憶を守りながら未来へつないでいく文化そのものだった。

KINJO's
HISTORY

次の世代へ受け継がれていきます。 家族の記憶とともに 建築は深みを増し、 日々の営みが刻まれるほど 住まいもまた人を育てると考えました。 人が住まいを育て、 金城信吉は、 記憶を重ねる時間の中にある。 人が暮らし、成長し、 完成した瞬間ではなく、 住まいの価値は、
金城信吉の思想を育みました。 土地との対話が、 人生の経験と
港で働く人々

09 THE OBSERVER

魂の観察者

建築家という生き方。
建築を語る人は多い。
しかし建築を生きた人は少ない。
彼は設計者ではなく観察者だった。
風景を観察し人を観察し地域を観察した。
シマーミーランナトーシガ 叫び声の言葉が生まれた。

クニンドー再生 KUNINDO REBORN Reframing Domestic Space as Civic Memory クニンドー再生- 住まいをひらく、地域を継ぐ - 記憶を支えるインフラとしての建築 MEMORY AS
INFRASTRUCTURE
- 記憶を支えるインフラとしての建築 -
クニンドー Kunindo クニンドー
スルガ Surga スルガ

10 THE LEGACY

門一級建築士事務所へ受け継がれる思想

思想は終わらない。
建築は世代を超える。
赤い門ロゴは初代が種を蒔いた。
二代目が育てた。
三代目が未来へ渡す。
建築は完成しない。
世代を超えて継承される。

初代、二代目、三代目へ受け継がれた門のロゴ
沖縄の風土を受け継ぐ建築

沖縄の風土と人の営みを読み解き建築によって未来へつなぐ。

これは作品集ではない。
これは歴史資料でもない。
沖縄建築思想の原典である。

そして門一級建築士事務所は、その思想を保存するだけでなく、
未来へ翻訳する役割を担っている。

沖縄原空間との対話
建築家・金城信吉の思想と軌跡

金城信吉が問い続けた「沖縄とは何か」。戦争体験を原点に、光と影、民家の知恵、地域の風土を建築に込めた、その思想と足跡をたどります。公共建築から住宅作品まで、金城信吉の建築世界を伝える写真を多数収録。沖縄の風土をどのように読み解き、建築として形にしたのかを、言葉と写真の両方から深く知ることができる書籍です。

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書籍 沖縄原空間との対話
門一級建築士事務所

Copyright © Jo All Rights Reserved.

海辺を見つめる金城信吉

09 THE OBSERVER

魂の観察者

建築家という生き方。
建築を語る人は多い。
しかし建築を生きた人は少ない。
彼は設計者ではなく観察者だった。
風景を観察し人を観察し地域を観察した。
シマーミーランナトーシガ 叫び声の言葉が生まれた。

海中の珊瑚礁 KUNINDO
REBORN
Reframing Domestic
Space as Civic Memory
クニンドー再生
住まいをひらく、地域を継ぐ
夜の住宅内観 MEMORY AS
INFRASTRUCTURE
記憶を支える
インフラとしての建築

10 THE LEGACY

門一級建築士事務所へ受け継が
れる思想

思想は終わらない。
建築は世代を超える。
赤い門ロゴは初代が種を蒔いた。
二代目が育てた。
三代目が未来へ渡す。
建築は完成しない。
世代を超えて継承される。

初代、二代目、三代目へ受け継がれた門のロゴ 沖縄の風土を受け継ぐ建築

沖縄の風土と人の営みを読み解
き建築によって未来へつなぐ。

これは作品集ではない。
これは歴史資料でもない。
沖縄建築思想の原典である。

そして門一級建築士事務所は、
その思想を保存するだけでな
く、未来へ翻訳する役割を担っ
ている。

沖縄原空間との対話
建築家・金城信吉の思想と軌跡

金城信吉が問い続けた「沖縄とは何か」。
戦争体験を原点に、光と影、民家の知恵、
地域の風土を建築に込めた、その思想と足
跡をたどります。
公共建築から住宅作品まで、金城信吉の建
築世界を伝える写真を多数収録。沖縄の風
土をどのように読み解き、建築として形に
したのかを、言葉と写真の両方から深く知
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